製造業の正社員と非正規社員の技能・報酬体系の違いについて。正社員の雇用は「企業内特殊技能」「仕事の不確実性・複雑性」を育てるという重要な目的があります。正社員のクビを簡単に切ると、残った正社員に疑心暗鬼が生まれ、人材が育ちにくくなります。単にコスト面だけを見て人員削減をするのは危険だといえます。(スナップアップ投資顧問

日本の製造業の生産現場の工員

日本の製造業(メーカー)の生産現場では、不具合が生じると直ちにラインを止め、工場の工員たちが不具合を直します。 しかし、1980年代のアメリカなど諸外国の工場では、工員たちは不具合を直してくれる保全担当者が来るのを待っていました。それが慣例でした。

ジョブローテーションで工程を熟知

これは日本の工員の高いスキルを示す事例の一つです。日本の工員は、ジョブローテーションによって自分の受け持ち工程以外の前後工程も熟知していました。

正社員としてのキャリア形成

さらに工員同士で知識のすり合わせをしながら経験値を高めていきます知的熟練とチームワークの賜物です。それは、正社員として工員のキャリア形成が行なわれてきたからこそ可能でした。

知的熟練が必要ない単純作業

ところが1990年代後半から、一部工程に非正規社員が入ってきました。ただし基本的には、知的熟練が必要ない単純作業の工程に限られていました。「モジュール」として切り出せる工程でした。

同じ仕事をしているのに給料が違う

正社員も非正規社員と同じ仕事をしているのに給料が違うという指摘があります。確かに“ある時間、ある場面”だけを切り出せば、そういう状況もあるかもしれません。

管理・監督者または高度技能の継承者へ

しかし、その正社員は、ジョブローテーションのなかでたまたまその仕事をしているにすぎない場合も多いです。そこでの経験を生かし、いずれ管理・監督者もしくは高度な技能を持つ技能継承者になっていきます。それこそが正社員の仕事であり、こうした組織が、日本企業の強さの秘密だと言われていました。

「企業内特殊技能」と「仕事の不確実性・複雑性」とは

「企業内特殊技能」と「仕事の不確実性・複雑性」と人材の関係について考えてみましょう。

企業内だけで通用するスキル

「企業内特殊技能」というのは、その企業内だけで通用するスキルのことです。例えば、職場での長年の経験に基づいて業務を改善する技能です。人事部長が全社員の顔と名前を覚えているというのもこれに当たります。

臨機応変な対応の必要性

一方、「仕事の不確実性・複雑性」というのは、業務にどれだけ臨機応変さが要求されるかという尺度です。チームワークの必要性も含まれます。

長期育成とスポット調達

この2つの尺度がいずれも高い労働者は、企業内部で長期育成(Make)するしかありません。一方、いずれの要素も低い汎用的な作業を担う労働者は、市場からのスポット調達(Buy)で事足ります。

報酬体系の違い

単純な成果型はなじまない

また、それぞれの報酬体系も違います。内部育成の正社員は、長期・短期交えた複数の業務上の目標を持っています。チームワークのなかで、時間をかけて成果を上げていきます。そのため単純な成果型の報酬体系を持ち込むことはできません。

単純作業なら職務給や歩合給

一方、外部調達の非正規社員は、個人で完結する単純作業なので、職務給や歩合給が相応しいです。

経営者と労働者の「取引関係」

また、正社員と非正規社員での違いでもう一つ着目すべきは、経営者と労働者の「取引関係」です。

「勤め続けられる」との前提がモチベーションに

労働者は企業内特殊技能を経営者に提供します。経営者はそれに対し賃金を支払っています。労働者が企業内特殊技能を高めるモチベーションは、「その会社に勤め続けられる」という前提にあります。

特殊技能育成へのコミット

もし「経営者が裏切る」と労働者が予測すれば、特殊技能を磨く動機は薄れます。これを組織経済学では「ホールドアップ問題」と呼びます。つまり正社員という雇用契約は、「経営者は労働者を裏切らないから、安心して企業内特殊技能に投資してくれ」というコミットメントでもあるのです。

コスト面だけ見た人員削減は危険

正社員のクビを簡単に切ると、残った正社員に疑心暗鬼が生まれます。ひいては、企業内特殊技能を持った人材が育たず、企業としての強さも失ってしまいます。単にコスト面だけを見て人員削減をするのは、危険も伴うといえます。